川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                    流行の先端が好き



     といってもファッションの話ではない。

     1か月ほど前から腱鞘炎からバネ指になった。
     右手の親指である。
     バネ指になった親指は、ゼンマイ仕掛けの人形のように、ピックン、パックンと痛いこと、
     痛いこと。
     そしてストライキを起したように、ウンともスンとも動かない時もある。
     なだめすかしても駄目である。

     何か思い当たる節はと医者から聞かれても、原因が分らない。
     手を酷使したわけでもないし、重いものを持った覚えもない。
     「知っている人は手術したよ」と、知人達は私を恐ろしがらせる。
     そんな矢先、テレビで、「最近、腱鞘炎が急増」なる番組を放映していた。

     「なるほど……だからか」、妙なところで、私は納得をした。

     自律神経失調症なる病名が、まだ市民権も得ていない昔、私は聞きなれないこの病に
     罹った。
     自律神経が出張して役目を果たしていないのだと、長い間「自律神経出張症」だと勘違い
     していた。
     やがてその病名が市民権を得た頃、私は癒えた。
     
     口を開くと、ジャキジャキ、カックンと鳴る「顎関節症」にもなった。
     自分が骸骨になった気がした。
     他人にその音を聞かせると、「女性はそんな音を聞かせては駄目ですよ。
     顎、外れませんか?」
     と、友人は気味悪そうな声を出した。

     そういえば、無呼吸症候群には、苦しめられた。
     何秒間か息をしていなかったらしく、川で溺れている夢で何度も目覚めた。
     これがいま流行の最先端をいく、無呼吸とかいう敵か! と身構えたものだ。
     息の仕方を忘れては大変だと、大きく深呼吸をくりかえした。
     水面で口をパクつかせている金魚の気持がよく分った。
     酸素の有り難味がよーく分った。ほんとうに苦しかった。

     なーんだ、腱鞘炎が流行っているのだ。
     それなら今までもそうだったように、いつか治るだろう。
     
     右手の親指を使わないのが、一番の治療法だとか。
     というわけで、私は今、親指を固定している。
     不便だが、そこは臨機応変である。

     ところがこの腱鞘炎というかバネ指、そう邪険にもできないことが分った。
     なんでも、若者の間での流行らしい。