川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                 奇妙なもの


     6月も末だというのに、じゃが芋を掘れないでいる。
     ことの次第はこうだ。

     5月、じゃが芋の葉は太陽を一杯浴びて、よく育っていた。
     さぞや地下ではおいしい芋が育っていることだろう。
     ところが葉の付け根に妙なものを見つけた。
     「うそっ!」
     目を近づけて、上から横からと眺めてみるが、「うそっ!」という言葉以外は出てこない。
     気味が悪いなあ……。

     さりげない風をよそおって、農園内の他所の畑を偵察してみるが、妙なものは
     みつからない。
     丸い緑色の実が、葡萄のように数個ぶら下がっているのは、我家の畑だけである。
     どうしてこんな奇妙なものが、しかも、うちの畑にだけ?

     帰ってさっそく、畑をしている先輩達に事の次第を話したが、答えは一様に
     「そんなの初めてきいた」だった。
     ますます私の不安は高まった。良くない事がおこる前兆ではないかと。   


     インターネットは賢い。
     期待をせずに「じゃが芋の茎に実が」と検索をしたら、答えを教えてくれた。
     地中の栄養分が足りないと、芋は子孫を残そうと地上で結実するのだそうだ。
     健気である。
     どうやら夫が肥料と間違えて、石灰をまいたのが原因のようだ。
     根元に石灰をまき過ぎて、根が呼吸困難をおこしたのだ。

     地上の実はミニトマトそっくりだ。さわると固い。
     なるほどじゃが芋のルーツはナスで、トマトもナス科。先祖がえりである。
     人間も歳とともに、若い頃は抑えていた本来の性格がでてくるように、本性というものは
     なかなかに、したたかなものである。DNAの神秘。

     いくらなんでも、もう掘らなければと思うのだが、地中から連なってじゃが芋とは似ても
     似つかない妙なものが出てくるのではと、怖くてなかなか茎を引き抜く勇気が
     でてこない。ナスの形をした紫色のじゃが芋が出てくるのではないかと。
     あるいはトマトのような。

     いまやじゃが芋の葉が残っているのは、我家の畝だけである。