川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                  いとしの黄身



     気がつけば好きなおでん種が変わってきた。
     数年前までは見向きもしなかったのに、いまや玉子が大好きだ。
     なぜ、好みが変わったのか分らない。
     ほろほろとした黄身にお汁を少し染み込ませて、辛子を少々。
     冷酒かビール片手に、酔い心地も極上である。


     子供の頃、といってももう半世紀も昔、玉子は貴重品だった。
     遠足といえば、いつもリュックサックの中に、2つか3つの固ゆでにされた「にぬき」が入っていた。
     出かけに決まって母が言うのである。
     「1つは先生に食べてもらいや」

     これも所によって言い方が違うらしく、「にぬき」という人もいれば、「みぬき」という人もいる。
     大阪でも田舎で生まれた私は、「みぬき」と言っていた。
     デザート的要素をもつ、ごちそうであった。

     昼食時になると、みんなリュックの中から申し合わせたように、ゆで卵を取り出しては、
     「先生、みぬきあげる」と、我先に差し出した。
     「ありがとう」というだけで、先生は口にしなかった。
     1人だけの生徒の玉子を、食べるわけにはいかなかったのだ。
     えこひいきにならぬための気配りだ。。
     生徒の数だけの玉子が入った鞄を持ち帰るのは、さぞかし重かっただろう。

     殻を割ってツルンとした白身が出てくる時の、あの手触り。
     ポロポロとこぼれそうな、真ん丸の黄身を食べる時の嬉しさ、ときめき。
     子供の頃は、なんと幸せな事が多かったのだろう。  

     食べる順序にも2通りあって、美味しいものから食べる子供と、美味しいものは最後まで
     とっておくタイプ。
     私はいつも満腹になったお腹で、それでも愛おしそうに、まず白身を食べ、
     次に手の平に、真ん丸の黄身を崩さないように乗せ、大事にゆっくり食べた。  

     先日、この話を、大阪市内で先生をされていた人に話した。
     「そうですか、貴女のところはゆで卵ですか。僕のところはバナナです。
     みんな1本づつ持ってきて、えらいバナナ攻撃やった」
     大阪市内と河内の違いに、少々愕然としたものだ

     牛肉が食べ物と王様だとすれば、玉子はまさしくお姫様。バナナはさしずめ外国のお姫様だろうか。
     そんな時代であった。

     
     先日、友人と出かけた帰り道、ふとおでんが食べたくなった。
     彼女も「いいね」と相槌をうつ。
     私は駅の構内にある店に案内した。素っ気ない店である。
     店内をキョロキョロ見まわしながら、彼女はしみじみ言うのである。
     「私こんな店初めてよ。まわり、男の人ばっかりやね。めえちゃん、こんな店にも入るようになってんね」
     「多幸梅やお多福もいいけれど、たまには、ええでしょ、こんな店も」
     「そうやね、不思議におちつくね」

     「玉子!」
     同時に2人は注文していた。
     何やしらんけど、このごろ玉子が美味しいなと思うようになって。
     子供がえりだろうか。


                                                       23.10.13