川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
ホーム  エッセー  旅  たわごと  出版紹介 

      

              異星人



     しょうこりもなく地球から探査機が舞い降りた。
     これでこの星へは3度目である。
     30世紀にほど近いX世紀。もはや太陽系に生物は存在しないと、地球の科学者達は、
     他の惑星へと探査の目を向け始めた。

     この星は太陽系から一番近くの、ケンタウル座にある惑星である。
     地球からケンタウル座のアルファ星まで、4、3光年。
     いくら科学が進歩したとはいえ、ロケットはこの星に着陸するのに13年の年月を要した。

     探査機は軟体動物様の長い触手を使って、辺りのものを採取し始めた。
     恒星が近くにあるせいか、宇宙船と探査機の影が荒涼とした地面に長く伸びている。
     「やはりこの星にも、生物は存在しないな」
     「奇妙な形をした岩石ばかりだ」
     宇宙船の乗組員は、がっかりした声を出した。


     「$ΣЙдбя∫……」
     「Ю§√∫фδ∀∃ζ≒……」

     異星語をどのように皆さんに伝えればよいのだろうか?
     便宜上、ここでは彼らの言葉を我々の言葉に置き換えることにする。

     「しっかし地球人というのは、どうもいけないね。頭が固くって。地球の発展も、もはや
     これまでだね」
     「これまでだね。自分達の世界観や価値観でしか、ものを見られない。平面的思考だね。
     もっと柔軟な発想をすれば、我々を容易に見つけられるのに。
     現に我々はここにいるというのに。それを見つけられないとは、なんとも情けない」
     「なんとも情けない。想像力の乏しい幼稚な人種だねえ」

     「人種だねえ。けっきょくこの星にも生物はいなかったって事になる。まあ、そのお蔭で
     我々は何者にも煩わされることなく、眠っていられるわけだが」
     「眠っていられるわけだが。しっかし地球人は可哀想な人種だね。
     それとも傲慢なんだろうか」
     自分の星を知りつくしたと自惚れている。なるほど科学は進歩したようだが、
     人間の肉体や精神に進歩は見られない。どうして外にばかり目を向けるんだろうねえ。
     自分の中にこそ大宇宙があるのに、宇宙は外にしかないと決め込んでいる。
     宇宙の果てはどこ? なんて、馬鹿な議論を延々としている。
     文化度というか成熟度が低いねえ。
     宇宙の果ては、自分の頭の真後ろだよ」
     「真後ろだよ。だから宇宙の果ては見えない」

     地球人にとって変化するもの、形のあるもの、それだけが生物なのだ。
     生物のはんちゅうがひどく狭い。
     細菌やバクテリアを含む動植物以外に生物は考えられない。
     生と死を体験するもののみが生物なのだ。
     星によって生物の概念が異なることなど、思いもつかない。

     この星にゴロゴロと落ちている岩石。
     地球人から見れば生物体とはほど遠いもの。
     これを生物だなどといえば、地球人はどういう反応を示すのだろうか。
     
     「我々は意思の疎通をはかれるのに。肉体を伴わない精神の存在。たまたま我々は、
     地球人の言うところの、石の中に精神が宿っている」
     「宿っている。精神だけで、楽しく暮せるのにねえ。空想、夢想、仮想、想像……。
     生も死も恋もSEXも、すべてこの星ではバーチャルでことが済む。変幻自在。
     この星には絶対が存在する。なぜなら心こそが大宇宙だからね。
     すべて自分の思うままを生きられる。幸せだねえ、贅沢だねえ」
     「贅沢だねえ。永遠の命だねえ。そしてその命に飽きたなら、我々は流星となって
     漆黒の闇に眠るんだ」
     「眠るんだ……」


     「どこを探しても岩石ばかりだな、この星は。生命体の存在する可能性はゼロ。
     この星の探査は今回で終了だ」
     探査機の長い触手が、無機質な石ころをその手から捨てた。