川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                   石の標本


     石の標本を買った。
     升目の区切りのある標本箱に、天然石が整然と並んでいる。
     天然石といっても、もちろん宝石ではない。
     昔からこういう何の役にも立たないものが大好きだ。
     世間では断捨離などと、身辺を身軽にすることが叫ばれているが、私はチマチマとした整理
     をするつもりはない。いずれ夫も私もこの世から姿を消す。
     その時に家ごと、跡形を残さず始末してほしいと思っている。
     
     日がな1日、世界中の石を眺めている。なんて美しいんだろう。
     一番のお気に入りはハウライトターコイズ。産地はアメリカだ。
     指先が染まりそうなブルーだ。南国の海と空の色。
     ソーダライトもいい。茄子紺に雲のような白い模様が浮かんでいる。
     血の色をしたレッドジャスパーも素敵。これはベネズエラの石。

     石を取り出しては、薬指にあててみる。
     不恰好な指先なのに、一瞬、手の平が華やぐ。
     私は石に語りかける。
     貴女はいつ頃生まれたの?
     恐竜時代は知ってるの? 氷河期は? まさかビッグバンの瞬間に生まれたってことは
     ないよね。

     地球の記憶を包み込んだ、赤や緑や紺、そしてピンクや紫や無色……の石たち。
     太古の記憶を持った石。かなわないよな……私は瞬間の生を知る。

     指輪ごっこの後は、灯りに透かして楽しむ。
     まずは日本原産の水晶とメノウ。
     水晶はあくまで透明で、メノウは薄紫のなかに朱が滲んでいる。
     無粋だが化学式であらわすと、どちらもsio2。つまり二酸化ケイ素。
     神秘が急に鉱物に変わる、味気がないなあ。

     だが、花には花言葉、星には星占いがあるように、石にも石の言葉というか霊力が
     あるそうだ。
     水晶には優れた浄化力があり、すべての物の調和安定……
     メノウは成功と繁栄をもたらし、直観力を高め……
     当分は石と語らう日が続きそうである。

     「あっ! 雪が降ってる」 暗闇から吹雪が舞いあがってくる。
     スノーフレークオブシディアンは、そんな風情の石である。