川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
ホーム  エッセー  旅  たわごと  出版紹介 
   
  河内再発見


                  鄙にまれな    

   一〇七六件。
     何の数だと思われるだろうか。
     二〇〇九年、文部科学大臣が指定した国宝の数である。
   その内、彫刻
(仏像)は一二六件。地域別にみると、奈良七十件、京都三十四件、
   大阪四件、東京が一件などとなっている。
   
なんだかだといっても東京は歴史が浅いのだと、アンチ東京人間の私はほくそ笑む。

   興味深いのは、大阪の四件である。
     観心寺の如意輪観音菩薩像、葛井寺の千手観音菩薩坐像、道明寺の十一面観音立像、
     そして獅子屈寺の薬師如来坐像、すべてが河内に存在する。
     古代より栄えた難波でもなく、物事の始まりは堺からと言われる堺市でもなく、である。

   古来より河内には先進の技術をもたらす渡来人が多く住み、彼等の氏寺である
   古代寺院が密集していた。立派な寺院にはそれに相応しい仏像が安置され、
   人々に守り継がれてきたお陰である。

   美術や芸術とは縁遠いと思われがちな一地方の河内にあって、
   国宝仏の占有率が滋賀県と同じとは、いやはや目出度いことである。

 負け惜しみでなく、私はこの四件という数が気に入っている。 
   あっちにも国宝、こっちにも国宝と、不感症気味になることなく、

    「やあ河内のこんなとこに、国宝の仏さんがいてはる。ええ顔してはるなあ」
     辺りは森閑としていて独り占めできる贅沢。心ゆくまで仏様と対峙できる幸せ。
   もっとも普段は御厨子の中に隠れておられるが。

  そんな南河内の三観音すべてに、一年に一度だけ出会える日がある。
   三寺そろって秘仏の扉が開かれる、四月十八日だ。

 
          【観心寺・如意輪観音像】河内長野市


     観心寺は金剛山麓の透明な空気のなかにある。
   そこに潜んで居られる如意輪観音は、まさに鄙に稀な美女。
   それも清純にしてコケティッシュ。膝を崩し足の裏を重ねた艶かしさ、
   豊満な姿態、ぽってりとした赤い唇、意味を探りたくなるような半眼の眼、
   指先を右頬に当てた思案げな仕草。思わず抱きしめたくなる可憐さである。
   神秘性と官能性を併せ持つ、稀有な観音様だ。


     きっと男性は、こういう女性に弱いんだろなあ。
     いけないいけない、こういう事をいうと罰があたる
     如意宝珠を胸元に持ち、財宝・福徳・知恵を施すと同時に、
   六道の衆生の苦を取り除くという、物質・精神両面に功徳を与えてくださる
   観音様である。また観心寺は花の寺としても知られ、四季折々に美しい。
   まこと、この麗人が住まうるに相応しい。

           【道明寺・十一面観音像】藤井寺市

   尼寺らしい風雅な山門を潜ると、その静謐な佇まいに、緩みきっていた私の背筋は
   ピンと伸びる。 

     一メートル程の十一面観音像は、頭上に十一の喜怒哀楽の表情を表す小面を持つ。
   長い年月、声明や祈りの声、香や灯明をまとった全身は、
   ブロンズのように底光りのする鈍い光沢を放つ。私はこの像の前にたつと、
   十字架のキリストに懺悔する信者のように、心の中に
のように堆積していることごとを、
     はきだし たくなる。
     「私はだめな人間です。意地悪な女です」と、泣きたくなるような、甘えた気持ちが湧き上がって
     くるのが不思議だ。

     道明寺の観音様は、孤高の美しい女性を連想させる。慈悲深く、
   もの静かな大人の女性を。これほどの美作が、損傷も少なく河内の地に残る事は
   稀なことである、とは識者の言葉である。

           【葛井寺・千手観音像】藤井寺市

   百済王族の子孫葛井氏縁の寺は、西国三十三カ所の五番札所でもある。
   本尊の千手観音坐像は、重厚にして優美。合掌手と、体の背面からは
   一〇四一本の手を、エンゼルの羽根のように纏っておられる。
   超人的な姿なのに不自然ではない。千の手、千の目で衆生を救おうとする一途さが
   伝わる、天平仏の最高傑作だ。美形などという言葉では言い表せない青年の初々しさ、
   真摯さ、健気さ、気高さ清らかさ、秘めた情熱、瑞々しさ、理知……。

     ああ、駄目だ。どれほど形容詞を羅列しても的確にその美は表現できない。

  作は、春日仏師、文会・稽首勲親子である。渡来人の彼等は何を思い、この仏像を造ったのか、
     故郷への思いや父子の情愛が、その面にそこはかと漂っているのではないかと、
     私は勝手な想像をする。

  観音様に性はないと言われるが、南河内の三観音はそれぞれに一級品の、
   それも明確な性を有しているように思えてならない。


                  
                参考  御開帳日 道明寺、毎月十八・二十五日葛井寺、毎月十八日
              
観心寺、四月十七・十八日