川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                 五月の陽射しのなかで


     母が逝った
     さよならも言わずに逝った
     私に「ありがとう」も言わせずに逝った
     若葉には少し早い4月半ばのこと

     5月になって若葉が萌えて、庭に陽射しは降り注いでいるというのに、
     母が使った日光浴のための椅子は空っぽ
     それでも陽は降り注ぐ
     そんなことは知ったことじゃない、とでも言うかのように……
     どこまでも空は広く青く

     明日という日はないんだよと、分ったようなことを言っていたくせに
     母はまだまだ元気だと、誰よりも明日を信じていた私
     そんな自分を5月の中で責めつづける

     私はぼんやりと、カーテン越しに、窓から外を眺める

     郵便屋さんが通る  新聞配達の人が通る 主婦が重そうな買い物袋を手に歩いている
     老人が杖をつき、少し歩いては休み、また歩き出す……
     下校時の小学生たちが笑い声をあげている

     あの老人も、あのごま塩頭の新聞配達夫も、そしてあの太った主婦も
     私が味わっている哀しみや空虚を消化し、昇華し、生きている
     人間とはなんと健気に強いのだろう

     私はいま人間に脱帽している
     
     庭には場違いなほどに真っ赤な、アザレアの花が咲いている。