川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                   五右衛門



     石川五右衛門は南河内、現在の太子町の生まれである。
     童名を五郎吉といった。
     当時は河内国石川郡と呼ばれていたところから、石川五右衛門を名乗ったとされる。

     河内生まれと知って、同じ景色を眺め、同じ空気を吸っていたのかと、
     妙な親近感が湧いてきた。
     彼は生まれながらの悪人だったのだろうか、どんな子供時代を過ごしたのだろうか……。

     なんだか石川五右衛門という名前が持つ運勢が知りたくなった。
     姓名判断を疑っているわけでも、愚弄しているわけでもない。
     素直な好奇心からである。

     占ってみる。肩透かしをくった。なんと大凶ではないのだ。
     半凶だった。
     人生を表す一番大事な総運は
       不器用・未完成・病気・多芸・器用貧乏・臆病
     正確や才能を表す運勢は
       勤勉・努力・成功・根気・忍耐
     生活面や個性を表す運勢は
       最悪・災難・挫折・変転・繊細・独走・独創
     家系が持つ宿命的な天運
       勤勉・努力・成功・根気・忍耐

     なるほど! 
     五右衛門は臆病繊細だったのか。大事をなすには繊細でなければならない。
     あれほどの大泥棒になったのだ、泥棒家業では成功の部類に入るだろう。
     努力根気忍耐もいっただろう。独創性を持ち勉に泥棒家業に励んだのだ。
     そして変転があり、最悪災難が待ち受けていた。

     もし名前の一文字でも違っていれば、あるいは売れなくなった芸能人が、
     その度に名を変えるように改名していたら、子供まで一緒に釜茹でなどという残酷な死を
     迎えずに済んだかも知れない。
     悪乗りした私は相性判断も試してみた。もちろん相手は私である。
     そうだ! 川上 惠と旧漢字にすることを忘れてはいけない。
     「いえいえ決して、姓名判断を愚弄しているのではないのです」

     さっそく2人を並べて占ってみる。
     なんと、五右衛門と係わると、良かった私の運勢は急降下するのに対し、
     五右衛門は急上昇。
     柔軟性があり成功。チャンスが多く金運に恵まれ、その上、人からは信頼を得、
     誠実な精神で向上心に優れる……、いい事ずくめだ。
     「ああ、あほらし!」

     ちなみに、五右衛門を四右衛門にするだけで、ずいぶん運気が上るようだ。
     「けど、改名はでけへんね。五右衛門風呂ができてしまってるから。
     あれって、鉄の浴槽に浮かべた平たい板に乗るのは、五右衛門が子供をふみしいたことの
     見立てらしいから」

     太子町葉室(はむろ)は東方に、金剛葛城・二上山の山並みを望み、近くには聖徳太子の
     御廟や古墳が点在する、伸びやかな里である。
     小春日和の一日、私は五右衛門を探して静謐な地を歩いた。
     国道から少しそれた脇道に、古びた2つの自然石が、日差しの中にゴロンと横たわって
     いた。
     1つは幼児の背丈くらいの高さで、もう1つは大人がうずくまっている格好だ。
     五右衛門の腰掛石だというが、説明文はおろか立て看板もない。

     少し行くと、葉室古墳群の竹薮が見えてくる。
     古墳群は3基からなっていて、そのなかに釜戸塚古墳がある。
     馬の蹄の形をした、珍しい古墳だそうだ。聖徳太子御廟と似た、規模と構造を持つらしい。
     被葬者は聖徳太子と同等の格、皇子級の人物の墓らしいと考えられている。

     なんと!この釜戸塚が五右衛門の根城だったというのだ。
     そういう目でみれば、この古墳、少し形は崩れているものの、野武士のような面構えを
     している。
     五右衛門を頭とする盗賊が、ここを拠点に、悪事の限りをつくしたのか。  
     金襴ドテラ、伸びきった髪は究極のアフロヘア、長煙管片手に、名台詞のかずかず。

     釜戸塚と釜茹で。
     釜からの連想だろうが、聖徳太子と同等の古墳が極悪非道の根城とは、さぞや太子は
     苦笑いの日々だろう。それとも河内の人たちは、悪は悪なりに五右衛門に何かを感じ、
     そんな物語を作ったのだろうか。

     蔦のからんだ老木の枝に数羽のカラスが、五右衛門の根城を守るように辺りを睥睨し、
     威嚇している。