川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
ホーム  エッセー  旅  たわごと  出版紹介 
                           



                  デビュー


     「青春18切符」なるものに憧れていた。
     一度その切符を使って、電車に乗りたいと思っていた。
     いやいや、鉄道オタクもどきの私としては、なんとしても乗らねばならなかった。
     だが体力に問題のある身には、なかなか踏み出せなかった。
     「18切符を使っている人のほとんどが、中高年のオバちゃん達よ。車両は彼女らで
     埋められているといっても過言ではないわ。座れないのは覚悟しとかないと」
     友人の言葉を聞くにつれ、尻込みをするのだった。

     そんな私が3月10日、とうとう18歳になれた。オバちゃんデビューを果たした。
    
     オバちゃんをなめてはいけない。
     あの体力、あの気力、世知に長けた処世術、次から次へと途切れることのない
     豊富な話題……。
     つねづね私は大阪のオバちゃんが、なぜ飴を常備しているのかが不思議だった。
     友人いわく、「喋りすぎると喉が嗄れるでしょ」
     「うーん、なるほど」
     私はその合理性に唸ってしまった。
     
     行き先は奥琵琶湖の湖北野鳥センター、小白鳥を見るためである。
     JR北陸本線・河毛駅で下車、コミニティーバスで野鳥センターに向かう。

     3月の琵琶湖は冬の景色に、ほんの僅かな春が忍んでいる。
     風は冷たいが、柔らかな陽光が湖面に降り注いでいる。
     残念ながら、湖に白鳥は一羽もいなかった。
     だがカムチャッカ半島からの渡り鳥、オオヒシクイが双眼鏡越しに見えた。
     カモが波間に漂ったり日向ぼっこをしている。
     白鳥がいなくても、私は琵琶湖の穏やかさに満足だった。
  
     帰りのバスでの事だ。
     コースから外れるが白鳥のいるところを走ってあげますと、運転手が気を利かせてくれた。
     しばらく田圃道を走ると、点々と白い物が見えてきた。
     小白鳥だ!
     田圃の中に雪がつもったような白鳥の群れ、200羽ちかくはいるだろう。
     シベリヤまで渡るため、せっせと餌をついばみ体力をつけているのだ。
     私と友人は声もなく白鳥に魅入った。運転手はバスを止めてくれた。

     「白鳥は悲しからずや空の青 海の青にも染まず漂う」
     若山牧水は、なんと白鳥を言いえていることか。
     何物をも寄せ付けない孤高の白色だった。

     こうして、今でもじゅうぶんオバサンな私は、この日、正真正銘・本物のオバちゃんへの
     デビューを、果たしたのである。
     友人に感謝である。