川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                 「赤ずきん」ちゃん



     なんの話から「赤ずきん」になったのか……

     赤ずきんちゃんは狼に、ムシャムシャ食べられてしまうのよね、
     私がそう言うと、友人は即座に、違うわよと否定した。
     そんなムシャムシャだなんて、可哀想じゃないの。赤ずきんちゃんはね、
     丸呑みにされた後、助け出されるのよ。狼のおなかを裂いて。
     そしてね、その代わり、狼のおなかに石を詰めるの。
     私は首を傾げながら、それも残酷ねと、小声で言った。

     数日後、書店で「赤ずきん」の本が目に留まった。
     普段なら見過ごすところだが、ムシャムシャが気になって購入した。
     ポプラ社発行の世界名作ファンタジー。

     それによると、私も友人も間違ってはいなかった。
     ムシャムシャはフランスのペロー作で、元祖「赤ずきん」である。
     それに対し、生き返る派は、それではあまりにも残酷だと、グリム兄弟が加筆を
     したという。
     そして私がいま読んでいる平田正吾さんのは、「さるかに合戦」よろしく、兎や蜂や猟師が
     道中の狼を痛めつけるのである。
     食べられてからは、グリム童話と同じだが。

     どうやら時代と共に物語は、残酷をオブラートでくるんでいくようで……。
     

     で、沙羅けいの「赤ずきん」はこんな風。

     

     赤頭巾ちゃんはとっても心の優しい少女です。
     今日も真っ赤なマントをはおり、森の奥へ出かけました。
     森の奥には一人暮らしの、寂しいおじいちゃんがいるのです。
     赤いマントに赤い靴。おじいちゃんは赤い色が大好きなのです。
     森の中は静かで、冬の木漏れ日がチラチラ揺れています。
     弾んだ心の赤頭巾ちゃんは、スキップしながら、おじいちゃんの家に急ぎます。

     ″コンコン″
     「おじいちゃん、赤頭巾ちゃんですよ。早くこのドアを開けて下さいな」
     「鍵は開いているよ。寒かったろう早くお入り」
     室内からゴホゴホと痰の絡んだ咳と一緒に、おじいちゃんの声が聞こえます。
     部屋の中は冬だというのに、春のように暖かです。
     おじいちゃんが赤頭巾ちゃんのために、暖めておいてくれたのです。
     おじいちゃんは咳が苦しいのか、横を向いたままです。
     それとも赤頭巾ちゃんの来るのが少し遅れたので、怒っているのかも知れません。

     「風邪をひいたの? おじいちゃん」
     赤頭巾ちゃんがおじいちゃんの額に手をおこうとしたした途端、
     「食べちゃうぞ!」と、勢いよく布団をはねのけました。
     当たり前のことだけれど、おじいちゃんは年寄りの匂いがします。
     そう、古本のような蝋燭のような……
     けれども心の優しい赤頭巾ちゃんは、
     「ええ、いいわよ。それでおじいちゃんが幸せになるのなら」
     そう言って、真っ赤なコートを脱ぎました。

     コートの下は真冬だというのに、蝉の羽根のような薄物でした。
     でもお部屋は暖かくて、少し汗ばむくらいです。
     赤頭巾ちゃんはおじいちゃんに食べられるために、ベッドに入りました。
     あんなに苦しそうな咳をしていたのに、おじいちゃんは狼のように、
     ムシャムシャと赤頭巾ちゃんを食べ尽くすのでした。
     そして赤頭巾ちゃんの顔を、いい子だ、いい子だと撫でるのでした。

     「あら、もう夕方。帰らなくっちゃ!」
     急いで帰り支度をする赤頭巾ちゃんに、おじいちゃんは沢山のお金をくれました。
     赤頭巾ちゃんのことを、いけない女の子だと、友達は言います。
     でもどうしてこれがいけないのでしょう。
     おじいちゃんは楽しそうだし私はお金を貰えるし……

     急がなくっちゃ、次の寂しいおじいちゃんが赤頭巾ちゃんの来るのを待っています。